とあるジャズのお店。「お店が赤坂に越してからはもういらっしゃらないからお元気だといいのだけど」とママが言っていた。あれがちょうど一年前のこと。享年83歳だったとは時の経つのは随分と早いものだと思う。
誰しもが歳を取るし、あの世からのお迎えは遅かれ早かれやってくるのだけど、このように尊敬すべき方々がお亡くなりになってしまうのはとてもさみしい。
そんな「突然訪れる世代交代」みたいなのに、やっぱり心がついていかない。
これまで和田さんに関する思いをいろいろ書いた。
つくづくブログやっててよかったなと思う。自分も振り返りに読んでみた。
ちなみに、もう随分前から尊敬している村上春樹さんがいて、その村上さんと和田誠さんは切っても切れない関係だからといって私も好きなんです、っていうミーハー感覚とは全然違う。(お願いだからいわゆるハルキストと一緒にしないでね)
当時それまで聴いていた音楽シーンがなんとなく違う方向に向かい始め、不完全燃焼をきっかけにジャズを聴き始めたのは22歳くらいの頃。一人暗くジャズ入門のブルーノートのオムニバス(2枚あった)を毎日のように家で聴いてはジャズって難しいと思っていた。そして数年後に村上文学に出会い「ねじまき鳥クロニクル」に衝撃を受けてからどっぷり村上世界に落ちて行くことになるのだけど、その途中でたまたま村上さんがジャズに詳しいことを知り、もともと絵が好きだった私に安西さんと和田さんがまだ見ぬイラストレーターのおもしろさを教えてくれて、好きなものがどんどん肉付けされてたどり着いたのがこの三人だった。
また、彼らにもそういった似たもの同士の空気感みたいなのがあって、単なる商業的な付き合いではなく「趣味が高じて仲良くなってついでにお互いの仕事もリスペクトしあっている者同士」という友情を感じ、そんな信頼関係もいいなと思っていた。だからきっと相乗効果で良い仕事ができていたのだと思う。
これは前に勤めていた会社の先輩がくれた非売品のCD。
どこにも書いてないけど、このイラストは和田誠さんだと確信している。
これはその赤坂のお店のショップカード。イラストは和田さんがお描きになっている。
すごくいいなと思うのは、ママもこのことを自慢しない。
わかる人だけがわかればいい。
ここにも似た者同士のリスペクトを感じる。
そういう心地よい距離感こそがいかにも和田誠さん、安西水丸さん、そして村上春樹さんの生み出すとても自然なグルーブ感なのであった。
ちなみに和田さんはこのカードの裏にママの似顔絵と青山にあった頃のお店のイラストを描き下ろしていて、それは今でもお店に行くと観ることができる。普通に壁に掛けてあるけど、あまりに自然なのでそれが和田誠さんの作品だと知る人も意外と少ない。
これは以前開催された展覧会の図録。和田さんが当時の時代背景を含めご自身の過去の話などをコメント付きで解説しているもので、さまざまな種類のお仕事に対してどう向き合ってきたのかをとてもシンプルな文章でしたためられている。実際行ってみて衝撃を受けるような素晴らしい作品と文体で、非常におもしろい企画展だった。
現代のデザインとは全く異なるその当時の温かみが、この先またいつか戻ってくるのではないかと予感させられるような作品ばかり。
今後和田さんの回顧展も遅かれ早かれ開催されることを切に願い、その時は必ず足を運んで再び和田誠ワールドに酔いしれたいと思う。
和田さん、どうか安らかにお眠りください。
天国にいる水丸さんと笑い話でもしながら、お酒をかたわらに音楽談義と村上さんの悪口でも言って笑っていてくださいね。