世界ふらふら放浪記

雑記と人生の備忘録

善き人のためのソナタ

今年の締めに、すごく良い映画を観たなっていうのが結論です。
もう年内は他に映画観なくてもいいやって思ったくらい。



善き人のためのソナタ』 2006 ドイツ  

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(あらすじ)
1984年の東ドイツ、実際に存在した国家保安省(シュタージ)の圧力に強いられた言論の自由。その中で敏腕取締官ヴィースラーという男が、任務によってスパイ容疑にかけられたある劇作家のカップルを盗聴することから話が始まる。生涯を一人で暮らし、一切の情を持たないスーパーエリートとして生きてきた彼に痛烈に響いてきたあるこだまとは・・・。

ネタバレしたくないのでどこまでレビューしていいやら、ちょっと難しいけどやってみます。



1. 嘘のないストレートな表現
こういう歴史をひも解いたものって、場合によっては大げさだったりするパターンがある。
だけどこの映画の焦点は、歴史に翻弄された東ドイツ国民の苦痛だけじゃなく、
「凍てついた人の心が溶けていくその過程と、崩壊していく心の揺れ」をテーマにした立派なヒューマンドラマ。


2. 虚像の正義
主人公のヴィースラーは孤独。どこまでも孤独。それを寂しいだとか辛いだとか全く感じないくらい孤独に生きてきた。国に使えることが使命、自分の任務をまっとうし、それこそが正義の証であるというかのように。
しかし、突然その確固たる自信がぼやけてくる。

盗聴しているヘッドホンの向こうで劇作家がこう語る。

『ベートーベンのある曲を聞いてスターリンはこう言った。
「私はこの曲を革命前に聞いてはいけない』
なぜならこの曲を聴いたらどんな悪しき人も善き人になってしまうからだ」』

言論の自由を剥奪され自殺した友人が最期に彼に残した一冊の楽譜。


盗聴器から流れるその音色に耳を澄ませしたままヴィースラーが流す一筋の涙。

これまで忠誠を誓っていた国家に対し、自然とヴィースラーの心は次第に背いていく。
ヴィースラーは何も言わない。何も語らない。
ただ毎日、彼らの会話をヘッドホンで盗聴するだけ。
それなのに真摯にその気持ちの推移が伝わってくる過程は、ちょっと説明しがたいくらい胸に響く。
余計なセリフなんて一切ないのに。

3. 音もなく流れる悲しみ/孤独の破壊
思うに歳を重ねるってことはいろいろなものを背負っていく事だと思うんです。多分。
家族であり、仕事の責任であり、定まりきらない自分の将来だったり、あるいは断定された未来に対する諦めであったり。すごくネガティブかもしれないけどこれって現実なんですよね。みんながポールの「when I’m sixty-four」みたいにはなれない。まぁそれでも悪い事ばかりなんかじゃもちろんなくて一般的にハッピーなことだってそれなりにあるわけです(それがないと辛すぎます)。
だけどこのヴィースラーという一人の男性は、その「背負うもの」すらない。

ゼロ。

ただ心にぽっかりと空いたその穴を埋める術も知らずに一人ぽっちで生きているんです。
社会主義だとか壁の崩壊とか自由への開放とか、そんなもの彼にとってはどうでもよくて、
朝起きて、郵便配達員として家々のポストに手紙を投函する。歩く。家に帰る。ご飯を食べて寝る。すがりついたり涙で訴えたり、愛する対象を探し当てることもしない。

孤独の中で唯一自分を支えていた黒い柱を失ったら、翌日には明るい光がふりそそぐだろうか。
答えはNO。

孤独を味方にしていたとしたらそれはよりどころを失うに等しい。ヴィースラーはその暗闇の中でまるで自分の存在をこの世から消し去ったのごとく、ひっそり生きている。

なんかこのストーリーの場合最終的に本当の善人になれても、やっぱり神様は救ってくれないんだなって思いました。手探りの中に確実な答えをようやく見出したとしても、それが救済になるわけではない。
それを受け止める誰かあるいは何かがない限り、ようやく見つけた真実は報われることもなく塵となって消されていくだけなのかもしれない。
ラストでヴィースラーが一人歩くその背中を見て、私はそう思った。泣けた。刹那すぎる。

でも最後の最後で彼はちょっと報われるんです。これはネタ明かしになるので言いません。
なんかジーンとくる見せ場でした。ドラマティックなエンディングではありません。

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本当に久しぶりに良い映画を観たなって思った。「グッバイレーニン」よりも数百倍、私はこっちの方が好きです。でもきっとそれは個人差があると思います。苦手な人はダメかも。

■ 最後に ■
この作品の監督は弱冠33歳の新鋭若手監督が手がけたもの。
こういう人がこれだけの映画を作り得たことに、安心感を持たずにはいられない。

善き人のためのソナタ」は下のリンクから。この作曲家の美しさには言葉もありません。
(画像は無視してBGMにしながらこのレビューを読んでもらえると嬉しいです)
http://www.youtube.com/watch?v=EZ9fyXwFfUI&feature=related