世界ふらふら放浪記

雑記と人生の備忘録

充たされざる者 | カズオ・イシグロ

カズオ・イシグロさんの本は一貫している雰囲気みたいなのがあって、それはいつか見たよく覚えていない夢みたいに輪郭がしっかりしていない世界の中の物語であること。絵でいえば抽象画のような、はっきりしない時代で起こる現実なのか現実ではないのかがよく分からない、ファンタジーのような設定が多い。

 

好き嫌いがはっきり分かれる作家だと思うし、相性が合うのと合わない作品もきっぱり分かれるのだけど、日本文学にはない独特の空気感はいかにも外国文学だなあと思う(どちらかというと北部ヨーロッパっぽいというか、カフカの薄暗さを少し上品に明るくした感じ)。

 

 

 

 

充たされざる者」は文庫で約1,000ページ、厚みで約4cmという大長編で、これはいつか入院する日が来た時にベッドで読むものだなと思ってきたけど、おかげさまでそんな日は当分来そうにもなく、ステイホームの今こそ読むべきだと手を取ってみた。

 

 

 

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物語はある世界的に著名なピアニストがドイツの小さな町で開催されるリサイタルの特別ゲストとして招待されたところから始まる。滞在先のホテルのポーター、フロント、その周囲の家族、街の人、幼なじみ、妻と息子、落ちぶれた指揮者とその元妻、街の住人などが次から次へと登場し彼に「お願い事」をしてくる。それに抵抗することなくついていくと、様々な光景が目の前にどんどん展開されていくという永遠のループが約1,000ページ続く。シューレアリズムの集大成というか、読むリズムをなぞっていく作業というか、そんな感じ。「充たされない何かを抱えている人間模様」を描いた短編小説が複雑に絡み合った長編小説と言ってもいいのかも。もしかすると示唆的な背景もあるのかもしれないけど、これだけ長いとちょっと拾いきれないので裏読み不要、そのまま素直に読むに限る。意識と無意識の間をいったり来たりする答えのないジャンル。全体的には読みやすいので一度読み始めるとすぐに集中できるリズムみたいなのがあったけど、読む方にも体力のいる作品だった。

 

 

 

 

 

 

ついでにちょっと他の本も。

 

忘れられた巨人」はそのあとの作品だけど、こっちはもっと難解。記憶を無くしたある国に住む老夫婦が息子を探す旅に出かけるのだけど、最後の手を離してしまったシーンは悲しかったな。イシグロ作品って悲しみの表現が美し寂しい。

ただ、最初はおもしろかったんだけど、正直ちょっとこれはダメだった。後半修行。

 

 

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日の名残り」は一番好きな作品かも。お城に住む執事が長い休暇を取ってイギリスを旅する物語。すごく面白かった。

 

 

 

 

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夜想曲集」も大好きな作品。長編好きのイシグロ作品のなかでも珍しい短編集。大人っぽくて素敵なお話。

 

 

 

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夜想曲集/カズオ・イシグロ - 世界ふらふら放浪記

 

 

 

「わたしを離さないで」は映画化もしたし、この本で私もカズオ・イシグロを知った。これは二度読んでるけど、もう一回読んでみようかな。

 

 

 

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とにかく独特のカズオ・イシグロワールドは、作品によって表情がそれぞれ変わるので読む前は良い意味でも悪い意味でも正直緊張する。だから新刊の「クララとお日さま」も気軽に読めず未だ躊躇中。

 

 

そう、カズオ・イシグロの本は気軽に手に取れない部類。

こういう作家は滅多にいないので、そういう意味でも稀有な作家と言っていいと思う。

 

 

 

 

 

 

 <おまけ>

夢といえば、先日大学の入学式に行く夢を見た。キャンパスの中をウロウロしながらなんかおかしいなと思ったら、実は受験に受かってなかったのを入学式の日に知ったという夢だった。我ながらちゃっかり生徒だと思い込んでやって来た自分が図々しいと思った。