キューバを去る前にトリニダー地方のコーヒー豆を買ってきた。
それの匂いが芳香だったせいかそれとも包みが怪しかったのかよくわからないけど、メキシコを移動する先々の空港で何度もスーツケースを開けられた。
実際には大量の液体化粧品(ちょっと前に記事にした通り)や、室内用サンダルやハバナの民芸品店で買ったココナッツの殻でできたマラカスとかとにかくロクでもないものばかり。結局何も没収されずに済む。スーツケースは開けたら今度は閉めるのも一苦労なのだけど、メキシコ人の空港職員は嫌な顔一つせず閉めるのを一緒に手伝ってくれた。
Tシャツや靴下はバンバン捨ててきた。
特に靴下は日本を出てすぐにかかとに穴が空いてしまいちょっと困った。サンダルも持参したけど結局メキシコでもキューバでもほとんど履かなかった。道がとにかく汚れていて、汚い水たまりやゴミや犬のフンが散らかっていたり、穴ぼこがあったりガタガタしていることも多いからである。やっぱり足を疲れや汚れからしっかり保護してくれるスニーカーは安心感があった。
果てしない樹海が広がっているのが見える。
私がキューバ滞在中に飛行機が墜落したというニュースを日本の友達からLINEで教えてもらって知った。こんな湿地帯の山林に落ちたら捜索すらも絶望的な気持ちになる。
キューバはカラカラの砂漠ではなく、れっきとした湿地帯であることがわかる。
やがて遠くに見える雲の真下はおそらくメキシコ、カンクーン。
海辺の海の色が違う。とてもキレイでウズウズする!!
メキシコシティについて空港で手持ちの最後のペットボトルの水を飲み干していたら、手荷物検査の前に並んでいた女性が「あら、キューバに行ってきたの?」と声をかけてきた。
なんでわかるのですかと聞くと、ペットボトルのラベルがキューバのものだからすぐにわかるとのこと。「懐かしいわ」というのでもしかするとキューバ人なのかも。「キューバ楽しかった?」と聞かれて正直に「いいえ」とは言えないからそこは大人の社交辞令で返答する。
ハバナからメキシコシティまで飛ぶも、シティは一旦素通りして次なる地方都市へ国内移動する。
メキシコシティの空港でターミナル移動をしてLCCに乗り換える。LCCは全て無人の自動チェックインなので、印刷してきた(印刷してこいとwebに書いてあった)E-Ticketのバーコードでチェックインをする。何度スキャンしても画面が全く反応せず、一体どうなってるんだろうかと逆さにしたり試しも読み取らない。そのうち自分がスキャンしていたはバーコードリーダーじゃなくて、キーボードのすきまだったのにやっと気付いて我ながらウケた。。。
最初はあんなにびくびくしていたメキシコシティの空港も、二度目はすっかりなじんだのかそれともよっぽどハバナがよっぽど辛かったせいなのか、この時から恐れを忘れた。待ち時間の間に空港の売店にふらふらと吸い寄せられ、その品揃え(普通です)にひどく感動し、ヨーグルトとチリドックと炭酸水を買って一気に食べて飲む。古めかしい国を旅したあとは、当たり前のことがどれだけ恵まれているのかを本当にしみじみ痛感する。それも久しぶりの感覚だった。チリドックに挟んである玉ねぎ、生っぽいけど大丈夫かなとは思ったけど、まともな食べ物にありつき浮かれていたのもあるし、ホテルにつくのは夜の11時なので食いっぱぐれ防止の為にもしっかりと食べた。そしてそのあとソッコーお腹を壊した。。。
ようこそメキシコへ。
そんな感じ。
私もそこそこ年を取ってきてある程度の大人になっても、まだこうやって20代のときみたいな旅をして、東京という現代の文明ひしめく大都会から遠く離れた場所を一人で歩き、ガイドブックにもない情報を自力で集めて、時には小さな失敗も繰り返して自分のアホさ加減に腹が立ってみたり、恥ずかしいことをして一人で照れてみたりツッコんでみたりしながら、なんとかやれることに小さな幸せを感じる。
好きなことや興味のあるもの、楽しいことや嫌いなこと。
ある程度達するともう変わることはないのだろう。
大人になればそういう小さなハテナが確信に変わっていくだけのこと。
そう思うと、自分の人生なんて自分でいかようにでも変えていけるんだなあって思う。
幸い私は背負うもの(社会的責任)がそれほどないから、人より少しだけ自由度が広い。
だとしたら躊躇することなんかないはずだ。
それを時々自分に言い聞かせる。
それを自分に納得させるとやっと力がみなぎってくるのだった。
また一歩、前に進んでみようと。