世界ふらふら放浪記

雑記と人生の備忘録

エリック・サティとオレンジ

よく行くカフェがある。
愛想のないマスターと無口な奥さんが経営している小さなカフェ。
濃いめの茶色で整えられた小さな店内には、マスターが好む本が山積みにされている。
どっしりとした厚みと安定感のあるテーブルには小さな読書灯が備え付けられており、陽当たりのよい窓際に座らずとも、暗がりを気にせず本を閲覧することができる。
会員になるとたまにそこで行われる、ひっそりと活動している人々の
小さな小さな個展のハガキやメールが届く。
週替わりで展示される古本や、アンティークな書棚にひっそりと置かれたDVDも無料でレンタルできる。

私はそのカフェがすごく気に入っている。
どの本を手に取っても、DVD一つにしても気が合うからだ。
何よりもそのカフェには独特の世界がある。客に媚びない店。
いつもクラシックが流れていて、そこにいると虚脱感でいっぱいになるような安らぎがある。
どうもここは、前向きなエネルギーよりも癒しの法則が働いているような空間があるようだ。


そこである曲がBGMに流れていた。



・・・なんの曲だっけ。

すごく暗澹たる気持ちになるような映画で流れていたような気がする。
どんなに頭を絞っても、考えても考えても考えてもやはり思い出せない。

数日後、一緒に行った友人が私にCDを貸してくれた。
そこにはポストイットが貼ってあり、「12曲目」とだけ書いてあった。


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エリック・サティは1866年にフランスのオンフルールで生まれた作曲家。
1917年にはジャン・コクトー(台本)、ピカソ(舞台装置)と組んでロシア・バレエ団の音楽を作ったそう。
『Gnossienne -グノシエンヌNo.1』


聴いて思い出した。

確か・・・この曲は「みんな元気」というイタリア映画で挿入されている曲で、シチリアに住む老人が子供たちを訪ねていろんな町を訪ね歩くのだが、大人になった子供を今でも子供の姿でしか捉える事ができない寒々とした孤独な老人の、現実と記憶のギャップに立ち往生する姿がとても印象的な映画だった。
確か、あの映画で使われていた曲だ。


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先日懐かしい友人から電話があった。
「音楽聴いてたらなんかbeabeaのことを思い出しちゃって」
嬉しいね、で、なんの曲で思い出したの?と尋ねると、イタリアのナントカって歌手の歌だった。




私もオレンジの皮をむくたびに思い出す友人がいる。
本来不器用な私がむくと汚くて嫌なんだけど
その人はいとも簡単にスルスルと、まるで魔法のようにオレンジの皮をむくことができるからだ。


白いお皿に美しく並べられたオレンジの実を思い出しながら、私は黙って皮をむく。



ふとよぎるほんの数秒の空白を、一瞬だけ仰ぎ見て。






またいつもの場所に還る。