2018年という年は、振り返ると少し特別な一年だったと思う。
この旅はもともと友人の住むプラハに行く予定をしていて、前の年から準備を始めていた。年末にチケットを買い、さあのんびりリサーチでもしようかという時に不意に転職の話がやってきて、約12年働いた職場を退職することになった。辞めるタイミングもちょうどゴールデンウィークにあたったので、有休を惜しみなく使って長年の夢だったメキシコキューバを強引にくっつけることにした。
自分にとっては贅沢で強引な旅のプランだった。
そうして会社に退職の旨を伝えてから本屋に行き、キューバとメキシコの地球の歩き方を手にした時はついにこの日がやってくるのかと小さく震えた。そして本屋を出て目の前の交差点で信号を待っている時に、自分の将来がいよいよ動き始めるんだという不安と期待にじわじわ脱力していくような気持ちになった。
これが2018年の始まりだった。
後になってからくっきりと浮かび上がってきた2018年の意味
会社には早めに退職通知を出したので後任もしっかり時間をかけて探してもらえたし、引き継ぎも余裕があった。それでも日々がとにかく忙しかったのでそれなりに忙殺された。ずっと仲良くしてきたメンバーとは「また飲みに行こう」と笑って明るく別れ、すでにギクシャクしてしまっていた人たちとはあっさり別れた。誰かと同調することでしか自分の存在価値を見出せず、誰かの悪口を言うことで結託することしかできないような救いようもなく能力のない人たちからもらった餞別祝いのギフト券は使わずに捨てた。どちらにせよ清々しかった。嫌で辞めたかったことは山ほどあったけど、こうやって新しい挑戦に向かって区切りをつけられたことは幸せだと心から思った。
今振り返るとこの2018年というのは不思議なもので、この翌年から2021年の間には実に多くの伏線が張られていた。自分の身に起きた様々な出来事を考えれば考えるほど、あの時に決断したことも、念願を叶えたことも全てやっていて良かったと心の底から思う。そうじゃなかったら間違いなく、死ぬまで後悔がつきまとい悔やんでも悔やみきれない一年になってしまったことだろう。
旅をする理由
「旅とはなんですか」
と、もし聞かれたら多分私はこう答えると思う。
それは質の高い極上の現実逃避です、と。
実はちょっと前までまた海外で暮らしたいという希望を捨てていなかったから、旅の理由の半分は終の住処を探すという目的もあった。旅の途中でピンとくる場所に巡り合ってしまったら、日本を引き上げてそこに暮らしてしまおうと思っていた。でも今のところ巡り合わせがないことと、日本の暮らしにもそこそこ満足しているせいか、最近はそういうことも意識しなくなって、むしろどういう場所でどんな時間の使い方をすれば満足ができるのかが明確になった。それは終の住処を見つけることなんかよりも大きい収穫だった。
現実逃避において、日本をシャットダウンすることはとても重要。旅行中はヤフーも見ないし、インスタでわざわざ報告することもしない。きちんと距離を置くことで、現実世界にしっかりと線引きをする。
おそらく誰かと旅をすれば一緒にご飯を食べたり共通の思い出ができて楽しいこともたくさんあるけれど、小さな諍いや不一致も出てくるかもしれない。一人旅の場合はそのどちらも成立しない分、勝手にやれるのが気楽でいい。毎日あちこち歩き回って、道を間違えたり緊張したり分からなくなったり腹を立てたり雨に濡れたりして部屋に帰った後は、いずれにせよささやかな達成感を感じるところも心地がよかったりする。そもそも一人で行動することになんのためらいもなければ孤独も感じないし、どのみち夜はすぐ寝てしまうから余計なことを考える時間もない。
新しい国を旅をする時に選ぶ基準として大事にしているのは、見知らぬ発見を見つけられそうな可能性があるかないかに尽きる。とにかく刺激を与えてくれそうな場所。見たこともないエメラルドグリーンなクロアチアの海や、カッパドキアの気球から見た眼下に広がる大地と、体を照らす朝陽の暖かさなんかも一生忘れないだろう。
とにかく2018年は、やっとプラハに住む友人のところへ遊びに行くことができたし、長い間念願だったメキシコとキューバにやっと行けたことは単なる旅とは違って大きな出来事だったので、その余韻は随分長い間続きしばらく旅に出たいという欲求も湧いてこなかった。もしかすると、あれは旅の集大成だったのかなと感じるときもある。
2018年はなんとなくだけど、いろんなものに区切りのついたきっかけみたいな一年だった。
充実していたし、希望に溢れていたしいろいろ完全にやり切った感もある。
それがせめてもの救いだ。
今はなんとなくミュート状態で何もやる気が起きないけど、そのうちまたムクムクと好奇心が湧いてくる頃にはコロナも落ち着いて、しばらくは限定的だとは思うけど旅行に行ける日が来ることを切に願う。
それまでは近場をぶらぶら散歩したり、家でのんびり過ごしたりしながら体力をしっかり温存して、次にやって来る質の高い極上の現実逃避に備えておきたいと思った。
2021年5月1日