世界ふらふら放浪記

雑記と人生の備忘録

停電の夜に/ジュンパ・ラヒリ

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ある日古本屋さんへ出かけた時のこと。
この「停電の夜に」の単行本が3冊も、ひっそりと書棚に隠れているのを見て、とってもしんみり気分になりました。私が全部買占めしてやりたくなったほど。

ハードカバーで売られている時から読みたいなと思っていて、
気付いたらいつの間にか時が流れ、単行本になってしまったのを見て、慌てて購入したのは去年の話。

=原題「Interpreter of Maladies」(病気の通訳)=

これはジュンパ・ラヒリというロンドン出身のインド女性作家の短編集です。
本のタイトルはこの本の中にも収められている、いわば代表作のようなのですが、
個人的にはどれもこれも、深みのあるストーリーで読んだ瞬間からピピッときちゃいました。

中でも私が一番心に残っているのが「ピルサダさんが食事に来たころ」という短編。
インドがイギリスから独立をなし、さらに内紛で分裂した故郷を置いてアメリカに滞在しているピルサダさんを、そっと遠くから見守る小さな女の子が主人公。
まだ彼女は小さいから詳しい事は良く分からないんだけど、
ピルサダさんがとっても興味深く、言葉には出さないけどとっても大好き。
でもある日、分裂したインドをめぐりアメリカとロシアがそれぞれ後ろ盾になり、ピルサダさんの故郷、東パキスタンが戦下となってしまい、ピルサダさんが故郷に帰ることに事や、家族と遠く離れ離れになったピルサダさんを想い心が痛む、まだ小さな女の子。

どんなに辛い逆境にいようとも、いつも優しいピルサダさんがくれるチョコレート。
彼女はそれを大切に箱にしまい、彼の家族が幸せで生きている事を、祈る。

そんなストーリーです。

世界の裏側で、自分の知らない悲劇が起こり、
それがまた間近の人間に降りかかる事はけしてめずらしいことではない。

ユーゴスラビアミロシェビッチ政権が崩壊し、セルビアの独立がなされた時、
私は旅先のスゥエーデンでそのニュースを知った。
そして私は大の親友であるユーゴの友人が、その革命の最中にいて、
待ち焦がれた独裁政治の崩壊を喜んでいるのではないかと新聞の写真を隈なく見た。
ベルグラードのその広場の近くのアパートに住んでいると以前聞いたことがあるから)
コソボに対する彼らの独裁はけして許されるものではないし、これがつい最近行われた恐怖政治かと、
今でもその映像を偶然テレビで見たりすると鳥肌が立つ。

セルビア派の人々がかく言う独裁を容認しているのではなく、それを大声で叫ぶ権利すら剥奪されてしまったら、やはり彼らをひとくくりには責められない。悪いのはいつでも、それを牛耳る者達だ。

私の友人は本当に頭が良く、人柄も良く明るくて素敵な人だった。けれど「ユーゴ人」というだけで、差別を受け正当な仕事も与えられなかった。
だからこそ、彼女は努力していたし、プライドはけして捨てなかった。人一倍勉強し、礼儀もマナーも完璧に身に着けていて、背筋をピンと伸ばして歩き、字も上手に書いた。
人を笑わせる才能もあったし、人を思いやる気持ちは言葉以上に伝わった。
もし彼女がユーゴの出身という事で差別されなかったら(例えばヨーロッパのどこかの国の出身だったら)、もっともっと彼女を開花させる舞台が用意されていたと思う。
きっと今でも、そうだと思う。

それでもどうしようもない事が、世の中にはいっぱいある。

そういった、やり場のない気持ちやどうしようもできない、行き場のない気持ちはどこへ消え、咀嚼(そしゃく)されてしまうんだろう。きっとグルグル周ってまた元に戻ってくるだけなのかもしれない。
もう一つの世界は、想像以上に残酷だ。


・・・そんな事を思い出してしまった、「ピルサダさんが食事に来るころ」なのでした。
でも私のそういった固い話とは違い、彼女のメッセージは柔らかい。
なので読んでいる方も安心するんです。

人と人との繋がり。
気持ちと気持ちのすれ違い。
その中にちゃんと悲哀やぬくもりが伝わってくる。

そういった空気をしっかりと味わえる本でした。
(私はこれを書きながら何となく悲しくなっちゃったけど、本の方はとってもまろやかですのでご安心を!)