世界ふらふら放浪記

雑記と人生の備忘録

アソシエーション

ロンドンで暮らしている時に、ずっと仲が良かったトルコ人がいた。
同じクラスでお互い暇だったから、時々学校のあとに遊んだりした。
なんとなく他の外人と違って気遣うこともなく、文句だって言えた仲だった。
大体はもう一人の友達と三人で会っていたような気がする。


一度そのトルコ人の家に遊びに行ったら、メッカのポスターの真横にブリトニースピアーズの水着みたいなポスターが貼ってあって、ムスリムの人たちは一生に一度は訪れたいと思っている神聖な祈りの場の隣りにこんな写真も貼れたりするのは遠く離れたロンドンだからなのかな、と思った記憶がある。





そんなある日、その友人がトルコ料理を食べに連れて行ってくれるといいだした。友達も私も興味津々でついて行った。ソーホーとチャイナタウンの間あたりの細い道を歩きながら、レストランなの?と聞くと違うと言う。じゃあなにと聞くと、英語でなんと言ったらいいのかわからないといい、しばらく頭をひねってから「アソシエーションかな?」と笑いながら答え、それきっと違うでしょと3人ですごく笑った。


古い雑居ビルの3階にそれはあった。
扉を開けると四角くてだだっ広いスペースになっていて、左手にキッチンがあり、あとはそっけないテーブルと椅子がずらりと並べられている。キッチンに行くとメニューなんかなくて、ただそこでおばちゃんが作ってる食べ物を配られてお金を払うシステム。スープみたいなものだったのか、ちょっと覚えてないのだけどすごく美味しかったのだけはよく覚えている。寒いロンドンだったから熱々の食べ物は胃にしみた。10人くらいのトルコ人は全員男性でちょっと気後れしたけど、友人と3人だったから大丈夫だった。食後にトルココーヒーを飲んで(まずかった)、占いをしてくれると言ったくせに、実は占いの内容をよく覚えてないとかでブーイングした。そしてそこは明らかにアソシエーションというほど堅苦しい場所ではなく、トルコ人のおばちゃんがお料理を作ってくれるトルコ人の溜まり場の安食堂といった感じだったけど、それからしばらく私たちの間でアソシエーションという言葉を流行らせた。











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トルココーヒーは上澄みを飲む。沈殿している泥のような粉は律儀に飲まないこと。
ギリシャクロアチアセルビアもコーヒーというとこれが出てくる。






私がロンドンを去ると言った時に、そのトルコ人の友人がお別れにブレスレットをくれた。ベリーダンスの上手なもう一人のトルコ人がこっそり私に耳打ちして「選ぶの手伝ってあげたのよ」と言われた。日本に帰ってからもずっと大切にしていたけど、似たようなブレスレットを持っていて、今じゃどっちがもらったものだかわからなくなってしまったのだけど(←ひどい)、それもロンドンの思い出の一つ。




今は直接の連絡先を知らないけど、しばらくイギリスに暮らしてお金を貯めて、そのあとトルコに戻りアンタルヤという南の海辺の都市に住んでいるらしい。トルコは何度か行ったし会ったら思い出話に花が咲いておもしろそうだなって今でも思うけど、最近は過去の思い出は過去のままにしておいたほうがいいんじゃないかという気がする(前出の「Moon」の章で感じたこと)。わざわざ掘り起こさなくても、そっと胸にしまっておいたほうが記憶とか思い出って深みを増していくんじゃないかと。そんなふうにあえて美化されるままに思い出は放っておいたほうが良い時もある気がした。




ロンドンの生活は全体的にそんな感じ。







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トルコはやっぱりチャイ。