世界ふらふら放浪記

雑記と人生の備忘録

阿修羅のごとく/向田邦子

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向田邦子さんの本を読む人というのは大人だと思っていた。
なんとなく自分は適齢期じゃないと思ってきたけど、どうやらそんな図々しいことも言えなくなってきたので思い切って手に取りました。


あらすじは四姉妹とその家族を描いたファミリードラマです。
わりとショッキングな内容も多いです。
家族の中でも憎しみや裏切りや嘘、見栄や体裁とかいろんな人間関係が渦巻いています。

文庫の最後に故:南田洋子さんの解説があるのですが、これがまた興味深い。
1990年に執筆されたものです。


「この小説を書かれた頃(昭和54年頃)は生活のイニシアティブはほとんど男性がとるのが普通でした。ですから阿修羅になるのはほとんどが女性だったのですが、この20年の間に変化して男性も阿修羅になる可能性が十二分に出てきています。今、人々は精一杯自由に生きたいということで強く権利を主張しますが、責任とか義務感といったものは希薄になってきてるように思えます。そういう中で社会人としてきちんと生きていくための自由と義務と責任のバランスが崩れた時、阿修羅になるのではないのでしょうか。」


この本を読んで一番思ったのは、「阿修羅のごとく」に登場するような家族像はどんどん風化していってるんじゃないかという点です。小説の中ではとにかく家族で何か問題があると、姉妹の誰かが号令して集まって、お寿司や鰻を出前してあーだこーだと好き勝手言っては喧嘩したり揉めたりしながらも、お互いやっぱり許しあえる存在だったり。結婚した旦那様や婚約者すらも一緒に悩み励まし時に叱咤するような、いわゆる「団らん」というものが、今読むとものすごく手の届かないところにいってしまったような気がしました。南田さんが20年後に振り返ったコメント同様、さらにその25年後にこの本を手にした私が感じたのは時代の変化と人間関係の希薄さはさらに加速をたどっているのではないかということ。煩わしいおつきあいは無理にしなくていい、という個優先にしすぎた為に、大事なものを失ってしまったような物悲しさを感じます。(わたしだけかも)


だから南田さんの解説を読んだ時に、移ろう時代の変化を同じように読み手として客観的に感じたことにとても親近感を覚えました。


あとは、当時この小説に出てくる時代の大人はとてもかっこよくてクールな印象があって、私も今はいい大人なんですがそれでも主人公の人たちはやっぱり私なんかよりももっと大人で頼り甲斐があって意思がしっかりしていて、それでも迷い悩み生きてる姿はかっこいいなと思いました。感情を抑たり爆発したり気の向くまま人間らしい一面もそうなんだけど、何よりも思いやりが深くてすごく優しい。


30すぎたら向田邦子

と、どこかに書いてましたが、まさにその通りな感じがします。
20代、ましてや10代にこれを読んでたら今みたいにピンとこなかったと思います。
どうやらうまく適齢期に読めたようで嬉しいです。


おやすみなさい。
眠い。