世界ふらふら放浪記

雑記と人生の備忘録

これから

冒頭にあたり、東北太平洋地震において被災されお亡くなりになられた皆様には心より追悼の意を申し上げます。皆様の御霊がどうか成仏されますようにただ祈るばかりです。また、ご遺族の皆様にも心からお見舞い申し上げますと共に、まだ安否を確認できていないご家族の皆様におかれましてはその悲しみは計り知れないかと存じますがどうか体調を崩されないようご自愛下さいませ。今このような状況で将来を明るく見据えるなんていうことまではおそらく考える余裕もないでしょうが、私たちも出来る限りのことを一緒に考えて最善を尽くす事ができればと思っています。



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知り合いが先日、とりわけ被害の大きかった被災地に行きました。
身内のご遺体があがったのでどうか一目拝んで頂きたいとのご遺族の願いを聞き入れる為です。
体育館にはたくさんのご遺体がビニールシートにくるまれていてズラリと並んでいるそうです。一人一人に番号がつけられ、身元が判明したご遺体の番号を聞いてそこへたどり着くそうです。遺留品は一つ一つ丁寧にビニールに入ってそばに置かれていたそうです。そのご遺体までたどり着く途中、ビニールシートのすきまからは黒焦げになったご遺体が見えたりして、あれでは身元の判明は難しいだろうし、ご遺体はみんなとても寒そうでかわいそうだったと言っていました。お葬式は各自治体によって異なるのでしょうが、その方のところは県が取りはからうと言われ個人的な葬儀はしてはいけないそうです。ですので今は自治体の対応待ちといったところだそうです。

上がったご遺体の9割は溺死、またその中には厚着をして非常食を持っていた方もたくさんいらっしゃったそうです。つまり、津波がくることは予想していたにもかかわらずその想像を超えていたことが分かるかと思います。大津波を過去にも何度か経験されている地域の人たちですらどうすることもできなかったのです。


町にはニュージーランドと中国の援助隊もいたそうです。雪が降る寒い日だったそうです。
一帯は停電しているので、夜はとりわけ恐ろしいそうです。町は道路が寸断されていますからもちろん車も入れず、避難所や遺体安置所には徒歩で行かないといけません。がれきの下には今もいくつものご遺体があるかと思うと、音もないまっくらながれきの中を歩かなければならない時はさすがに気持ちが悪くなったと言ってました。数日間ですっかり施設は汚れ、とりわけトイレはすさまじいものがあったそうです。とても気が滅入る状況で早く水が通ればいいと言ってました。知人はその中でも高齢の叔母様を連れて戻り、ご親戚の家に避難させたとのことです。




私が何よりも心を打たれたのは、その被災者の人々の強い心です。
連れて帰ってきた叔母様は涙に明け暮れて自暴自棄になることもなく、しっかりと息子さんの葬儀のことを取りまとめていらっしゃったそうです。少し気が張っているとのことで周囲は逆に心配されておりましたが、無理矢理にでも日常に自分を戻さないと、見えない悲しみや恐怖、考えても考えてもキリのない不安に飲み込まれそうになるのでそれを自制心を振り絞って必死にこらえていらっしゃるのかもしれません。テレビで見てご存知の通り、三陸一帯は本当にご年配の方々が圧倒的に多いので、病気を煩っていたり体力的にもハンデはあると思います。また、長い間ずっとそこに暮らしていらっしゃるので代々の家だけでなく、ご家族やご親戚、ご友人などを失った悲しみは我々には計り知れないと思います。昨日のニュースで中学生の男の子がレポーターからの質問で今何が一番必要?と問われた時に、「家族。そして住む場所」と言っているのを見てこれが本音なんだろうと思いました。


今、日本はいろいろ騒がしいです。
救援物資が届かない事へに対する苛立ちは、おそらく被災者よりも傍観者の方が大きいでしょう。もどかしいんだと思います。毎日あんな様子をテレビで見ていたら私だってもどかしいです。
でも、自衛隊は頑張っています。ほんの4日で空路と港をあっという間に整備し、同様に他県からの陸路も細かく分布させ物資調達の為のルートを確保させました。暖かい日本中の企業支援のおかげで物資はかなり集まっているはずです。東北の人々は身を寄せ合って悲しみや辛さ、不平不満を口にしないように思いやりながら支え合って今日を日々過ごしています。その忍耐強さ、我慢強さには本当に尊敬の意を表さずにはいられません。本当にゼロになってしまった人たちはもうこれ以上失うものがないからこそ、余計強くなれるのかもしれません。本当に頭が下がります。インタビューをみててください。
不平不満を言うのがどういう人たちなのか、その違いが如実に分かると思います。



また、私が気になる事が一つあります。
「今は○○することしかできませんが」という日本語の表現です。
これを聞くたびに私は何だか見放された気持ちになってしまいます。ラジオでもみんな口を揃えた様に「今は祈る事しかできませんがどうか皆様頑張って下さい」ってすごい他人行儀でふさわしくない言い方だと思うんです。これ、日本独特の意味不明な婉曲表現の一つなんでしょうか?何か出来る事があれば全力を尽くしたいと思いますって言った方がもっと癒されると思うんですよ、その方が「頑張れ」の言葉の深みも変わってくるというか。
(ま、この辺は個人的な意見なのでどうぞおかまいなく)







昨日、大地震から一週間が経ちました。

3月11日14時46分は永遠に忘れられない日になりそうです。阪神大震災や長崎の原爆や9.11の時も人々はこのように思ったのですね。我が身になると余計その辛さを身にしみるような思いです。

私も昨日はささやかですがお花を買ってお香を焚いて、黙祷を捧げました。
どうか亡くなった皆様の魂が一日でも早く成仏するように深く祈りを捧げました。



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また、残された私たちの課題は山積みです。
日本経済はますます緊迫していくでしょう。
あんまり語られていませんが、原発の影響で日本は世界からしばらく孤立するかもしれません。東京から疎開する人も数多くいますが、私は今となってはどうなったところで手遅れだし、なるようにしかならないと思っています。


でも、これだけはいいたい。
今は不平不満を並べても、何も得られるものはないのです。
無理矢理前向きになる必要もありません。
ただ、今出来る事が何かを真剣に考えて行動に移すしかないんです。
それの積み重ねが復興へとつながっていくのだと思っています。


私自身もそれをきちんと考えて行動していくつもりです。