世界ふらふら放浪記

雑記と人生の備忘録

These Foolish Things/エラ・フィッツジェラルド

僕が個人的に思い入れをもっているエラの歌唱は、『エラ&ルイ・アゲイン』に収録されているロマンティックな佳曲「思い出のたね(These Foolish Things)」だ。この『エラ&ルイ・アゲイン』はタイトルどおりエラ・フィッツジェラルドとルイ・アームストロングのハッピーでスインギーなスタジオ共演セッション(の続編)だが、「思い出のたね」だけはルイが抜けて、エラがひとりで歌っている。舞台でいえば、熱唱を終えたルイが拍手で送られて楽屋にさがり、エラがひとり静かにステージ中央に歩み出て、照明がすうっと暗くなる―という感じだ。プロデューサーのノーマン・グランツは、こういうちょっと臭めの演出がうまい。


バックはオスカー・ピーターソンのカルテット。レギュラートリオにルイ・ベルソンのドラムスが入っているのだがこの伴奏がなかなかいける。上質の絹のように歌の肌にぴたりと吸い付きながら、過度なまとわりつきがない。曲もよければ、歌手もいい、伴奏もすばらしい。僕がこのレコードを初めて聴いたのは大学生の頃で、その時は「ジャズというものは、ひとつつぼにはまれば、人をこんなにもよい気持ちにさせてくれるものなのか」と感心した。今でもその印象はかわらない。ずいぶん何度も聴いているのだけれど、全体的に自然な説得力があり、不思議に聴き飽きがしない。



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よく聴き込むと、エラとピーターソンの「思い出のたね」にはいくつかの聴かせどころがあるところが分かる。とくに「隣りのアパートメントから聞こえるピアノの爪弾きが・・・」というところですっと裏に入ってくるピアノのパッセージは、いつ聴いても「いいなぁ」と思う。芸である。小説なら文句なしに直木賞をあげたい演奏だ。



村上春樹『ポートレイト・イン・ジャズ』より抜粋)




この前、バスに乗った。



窓の外を流れる知らない街の夜の景色をぼんやり眺めていたら、ふとこの曲を思い出し、
バックの中からipodを取り出して聴いた。


男性が失った恋人を想って歌う、珠玉のバラードだ。










これを聴くと、たまらなくジャズが愛おしくなる。

同じことが村上さんの本にも書いてあって嬉しくなった。






名だたる歌手がこのスタンダードを歌っているけれど、私はこの実に甘くてせつないロマンティックなエラ・フィッツジェラルドを初めに聴いてしまっているから、別の歌手が歌うカバーはもう聴けない。


前回レビューした「Stardust」と、この「These Foolish Things」は、
私にとって切なきバラードの、永遠のスタンダードだ。