昔ローマでアルバイトしていた頃、ガードマンで雇われたアントニオというおじさんがいました。
アントニオはトラステヴェレの警察官で、副業でガードマンをやってました。ガードマンって言っても、ただお喋りしたり入り口に立って街ゆく人を眺めたりするだけ。バイト先のお店は社長がイスラエル人、店員がイタリア人のおばあさん(ソーニャ)、エジプト人のおばさん(メリー)、我々日本人、ロシア人(双子)、お掃除当番のウクライナ人という国籍豊かなメンツにアントニオはちょっと距離を置いていて初めは結構よそよそしかったです。
イタリア人って陽気で明るい民族のようにみられますが、意外とコンサバで同じ国同士でつるむ傾向がものすごく強いので、やっぱり外国籍の中に一人で入って打ち解けるという傾向はあんまりないです。アントニオも例にもれずそんな感じだったので最初はかなり壁を作ってましたが、私たちは外国人同士でも結構仲良くうまくやっていたので、そのムードがうまく伝染したのかそのうちすっかり仲良くなりました。アントニオも次第にこの副業がいい気分転換とお小遣い稼ぎになったようでした。
ある日、アントニオの自宅にお邪魔する日がやってきました。出迎えてくれたのは、すごくフレンドリーで気さくで美人な奥様!お似合いのご夫婦は日当たりのいい立派なマンションに住んでいて、お料理も美味しくて会話も弾み「なんてステキなカップルなんだ」と全員で口々に言いながら幸せな気持ちで帰宅の途についたのでした。
以来、「奥様によろしくね」と仕事の帰り際に話す事も多くなったその頃。
ある日アントニオが「こないだソレントに行ってきたんだ」と言ってきました。「ソレント?」何しに行ったの?と聞いたらなんのわびれもなくこう言ったのです。
「愛人と行った」
ええええええーーーーーあ、あ、あ、あああああ愛人????!!!
あんなに完璧な奥さんがいるのにアントニオーーーーーーーー!!!!!
「俺、ソレントに自分の小さい船持ってるんだよね。それに彼女乗せてさ、楽しかったな」
イタリア民謡に「サンタルチア」という歌があります。サンタルチアとはナポリの港の呼称。ソレントはナポリから下に降ったところにあるやはり港町です。「サンタルチア」の歌詞にちょうど「バルケッタミア barchetta mia=俺の小舟」という歌詞が出てくるので、以来バイトの友達はアントニオの浮気した船をダシにこの歌を事あるごとに熱唱するようになり、みんなで爆笑したのでした。
ああアントニオ。あんなに完璧な家族なのに一体なんの不満があるっていうんだろう。もちろんそれぞれいろいろな事情があるのだとは思うけれど、少なくともアントニオの家はそういうのからかけ離れている気がしたのに。恋愛至上主義イタリア人の浮気なんて男女限らず日常茶飯事ですから全然驚かないけど(どちらかというと、ああまたかって感じ)アントニオだけは例外だと思ったのです。しかも奥様も「いい人」という印象を持っていたので、なぜかその告白を聞いた途端全員が背徳感を感じずにはいられませんでした。私たち悪くないのに。
アントニオがこれまた愛人話を自慢げに話し続けるんですよね。こんなに打ち解けてもらってありがたいけど、やっぱり浮気は男の(あるいは女の)甲斐性だと思う傾向がイタリア人は特に強いような気がする。
どうかアントの奥様も浮気していますように。なんてね。
ちなみに、数年後風の便りで「トラステヴェレの警察官が汚職容疑で捕まった」と聞きました。アントニオでないことを心から祈りたいです。
もはや物悲しい不倫の歌にしか聞こえないサンタルチアをどうぞ。
過去記事「ドルチェ・ヴィータ」フォルダにはこれまで出会ったいろんな人たちの人生模様、ちょっと真面目な話、悲しい話などをまとめています