世界ふらふら放浪記

雑記と人生の備忘録

スモーク (beabea映画館第一位)

(冒頭の小話)
「イギリスにタバコが初めて伝わった時、『タバコの煙の重さを量れる』とある人が言った。タバコを吸う前にその重さを量る。その後タバコを吸う。吸った灰と、吸いガラをもう一度はかりに乗せる。
『その引いた数がタバコの煙の重さなのさ。』」

映画「スモーク」

(小話2)
「ある時1人の男が山で遭難した。数十年後その息子も登山家になる。ある日息子は1人で雪山に登った。途中、休憩した自分の足元をよく見ると、凍った地面の下に人影が映っている。それは自分の生き写しのような男・・・遭難し死んだ自分の父親が何十年も冷凍保存された状態で今もそこに生きているかのように存在していたのだ。初めて出会った氷の中の父親の姿は、発見した自分の姿よりも若かった。気付けば自分が父親より歳をとっていたという訳さ。」

この映画は、駆け出しの作家(ポール)と、タバコ屋の雇われ主人(オーギー)がメインの、ブルックリンの街角にあるタバコ屋を中心に様々な人間模様が展開するストーリー。

<まずは映画技法>
1. SMOKE = タバコ、煙/タバコを吸う
この映画の中で、スモークという言葉、動作、しぐさが絶え間なく流れていきます。
タバコの煙・・・チェーンみたいに繋がる煙は映画の中で起こる人間の輪に繋がってます。
「繋がっている」→タバコの煙(わっか)みたいに→SMOKE。この映画では大切なキーです。

2. ラストのエンドロール
あの感動的なシーンの後に流れた曲を聞いてハッと思った。もしやこれは・・・。
この歌はラブソングです。でもそのタイトルを絶妙にストーリーにかけている!!
このラストのエンドロールで私は完璧に「やられた」と呟いちゃった。こんな映画は初めて。はっきり言ってこれ以上のこじゃれた演出による衝撃は、おそらく後にも先にもないと思う。


<次にこの映画の良さ>
■小話
この映画ではいろいろな小話が登場する。それは、語り手が微笑みながら聞き手にボールをポーンと投げてくる感覚。そしてその小話は実に魅力的。
タバコの煙を量ることが出来る話、山で遭難し死んだ父親とその息子が出会う話、そして作家が自分の書いた原稿を巻きタバコの紙にしてまでタバコを吸い続けた話。
それをポールが語る。


■沈黙という会話
上記小話の終わりは決まってタバコの煙を吐いてポールはただ「にっこり」と笑う。

黒人少年ラシードが生き別れた父親に再会し、自分が本当の息子であることを告げた後のピクニックシーンでの「沈黙」。

ラスト近く。
オーギー「秘密を分かち合えない友達なんて友達と言えるか?」
ポール「そうだな。人生とはただ生きているだけで価値があるんだ。」
この会話の後の、二人の照れくさそうに笑うシーン(微笑みの沈黙)。

語る必要のないもの。
これ以上のおしゃべりは必要ないもの。
それらが織り成す空気感。

本当に伝えたい事は言葉では表現できない「沈黙」。


■オーギーのクリスマスストーリー
この映画がいいと言われる所以の多くはこのシーンでしょう。ラストのオーギーのクリスマスストーリーはその集大成。はっきり言ってこれに胸を打たれない人はいないんじゃないだろうか。
オーギーが淡々と語る、あるクリスマスの話。
タバコ屋で万引きをしたスリの少年が落としていった財布を届けに行った家で出会う、盲目の老婆。そこでオーギーが少年になりすまし、楽しい一時のクリスマスを過ごす。

お互いに「嘘」だと分かっていても、それが何だというのだろう。
真実を語る事が全てではなく、嘘は時として罪ではなく最大の優しさとなる。
またその嘘に気付かないフリをする事で、素敵な時間を分かち合えるのだとしたら、誰がその行為を咎めることが出来るのだろう。

そして何気なくカメラを盗んでしまうオーギー。
なぜだかカメラを盗んだオーギーを間違った行為だと責められない気分になるのは、誰しもが持っている心の隙間を理解できるから(この部分は心を撫でられる感じがする)。良心の呵責とかいう言葉は、罪の意識を自覚しているからこそ存在する気持ちであり、きっと誰もがそういう経験があるんだと思う。完璧なものや完璧な筋書きなんて、どこにもない。白か黒かだけじゃなくグレーな部分があってもいいんじゃないかと、個人的に私は思う。

ポール「君は実に良い事をした」
オーギー「なんでだよ。俺は嘘もついたし、カメラまで盗んだんだぜ」
ポール(にっこり笑って)「でもその老婆は幸せだったんだろ」


https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/b/beabea-journey/20190816/20190816070113.gif


■オーギーの日課
Auggie continued to smile with pleasure. Then, almost as if he had been reading my thoughts, he began to recite a line from Shakespeare. "Tomorrow and tomorrow and tomorrow," he muttered under his breath, "time creeps on its petty pace." I understood then that he knew exactly what he was doing.
(オーギーは喜びに満ちた顔で微笑んでいた。そしてまるで彼が私の心を読んでいるかの如く、シェイクスピアの一説を引用した。「明日は明日、そしてまた明日」「時間とは這うがごとく進むもの」。その時私は分かった。彼は何をすべきかを明確に理解していた事を。)
※ポール・オースター著「オーギーレーンのクリスマスストーリーより」(beabea意訳)


オーギーはその時のカメラを使って、何年間も同じ時間に同じ風景を毎日撮り続けていた。
写真に写る景色は毎日同じもの。
しかし日々は流動的で、毎日毎日いろんなことが少しずつ変化している。見慣れたいつもの景色も風景も、実は目には見えない時間をゆっくりと刻みながら少しずつ変化している。
誰もが素通りしてしまう景色。季節。人々。自然の移り変わりと町を歩く人々の表情。
「目に見えるものや、かたち」だけが真実じゃない。



おおげさかもしれないけど、これこそ人生なのではないだろうか。
少なくとも視点というチャンネルをちょっとひねることで色んなものが見えてくる。
日々の小さな感動、挫折や悲しみ、喜びや発見、そういうのって一日の中にどれだけ凝縮されていることだろう。でもそれはけして事あるごとに実感できるものではなく、振り返った時やふと思い出した瞬間に浮かぶ、スモーク(煙)みたいなもの。
実はドラマは毎日起こっている。胸に焼きつくほどの思い出だけが人生じゃなく、小さいものや当たり前の瞬間に転がっているものを感じる心が持てたら人はどれだけ楽になれる事だろうか。




前回「クラッシュ」をレビューしたけれど、あれがその姿のどうにもできない「悲しさ」だとしたら、こっちはその姿のもつ心の奥に触れる「温かさ」。この二つのストーリーは、人と人の繋がりの偶然性且つ必然性をさりげなく訴えている。
日常は、明日もやってくる。毎日毎日繰り返される。

(オーギーのセリフ)
If it happens, it happens. If it doesn't, it doesn't. Do you understand what I'm saying? You never know what's going to happen next, and the moment you think you know, that's the moment you don't know a gaddamn thing. That's what we call a paradox.
「例えば誰かがこう言う。「何かが起こった。」そしたらそれは起こったという事実になる。ところがそれが違うと言えば違うものになるんだ。俺の言ってる事が分かるか?人は考える瞬間も、ましてや次に何が起こるかなんて誰も分からないんだよ。そんなアホみたいな事なんて分からないのさ。そういうのをパラドックスって言うんだよ。」

この映画は、一言では言い難い感動を強く与えた。
それはどんなハリウッド映画よりも力強く、どんなフランス映画の悲しさよりも切なく。

笑いたいならコメディを観ればいい。ハラハラしたいならサスペンスを観ればいい。とてつもない異次元に行ってみたいならSFものをみればいいし、美しき恋愛に憧れるなら世の中にはたくさんのラブストーリーがあふれている。


https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/b/beabea-journey/20190816/20190816070117.gif

でも本当に心を動かす映画に、人はどれだけ出会えるだろう。



エンドロールで流れた曲。

それは『煙が目にしみる』smoke gets in your eyes.

あなたはどんな煙が目にしみますか?